古典的評論の名著『SFに何ができるか』を読む

『SFに何ができるか』

単行本: 216ページ
出版社: 晶文社 (1972/07)絶版 ジュディス・メリル 浅倉久志訳

【作者略歴】
 1923年生ニューヨーク生まれ。SF編集者・作家、評論家そして政治活動家である。
短編「ママだけが知っている 」でデビュー。日本では1956年より12年間刊行された『年刊SF傑作選』の編者として知られ、また日本SFを英語圏へ積極的に紹介した人間の一人。
1968年、べトナム戦争への反対を契機にアメリカ国籍をすててカナダへ移住。1997年歿

『SFに何ができるか』 目次
ISF—その意味を問う
IISFに何を求めるか
1 ジャンルの拡大—消えゆく境界
2 イギリスSFの現況
3 二人の先駆者
4 ディッシュの「人類皆殺し」
5 J・G・バラード
6 神話と魔法
7 SEXとSF
8 宗教とSF
9 ディック、ディッシュ、ディレーニイ
10 〈鉄の山〉からの報告書
11 ディレーニイとラファティ
12 ジャンルの拘束—消えゆく境界

SF界にその名を轟かすアンソロジスト・評論家のメリル女史によるSF関係のエッセイを日本で独自に編纂したもの。ニューウェイヴ運動の時期に書かれたものだが、SFの可能性について語る部分は現在も古びていない。SFの中核をスペキュレイティヴ・フィクションにあると主張。ただし、40年も経っていること、執筆当時まだ運動の渦中にいたことなどから、批評のタームが準備されていないということは、本中でも言及されている。

『SFに何ができるか』以下おおざっぱな内容

ISF—その意味を問う

「教育的ストーリー」
新しい科学的アイデアを提出するために小説形式を利用した、脚色エッセイないしは仮装論文。(科学的啓蒙小説、変名科学者の作品、教育的科学普及小説など、いわゆるハードSFか?)

「伝道的ストーリー」
人間社会の技術よりも行為に関心を寄せた寓意物語、予言、夢想、警告。
レイ・ブラッドベリーのサイエンス・フィクション、そして20世紀初頭までのユートピアあるいは反ユートピア小説。(風刺・教訓的小説、ガジェットSFか?)

「思弁小説・スペキュレイティブ・フィクション」
宇宙、人類、”現実”に関するなにものかを、客体化〈プロジェクション〉、外挿〈エクストラポレーション〉、類推〈アナログ〉、仮説とその紙上実験、などの手段によって、探求し、発見し、まなびとることを目的とするストーリー。もちろん、考察に値するすべての小説は、それが真理のある一面に到達すること、あるいはそのヴェールを剥ぎとること、を心がけている点で、思弁的だといえる。

現実の仮定上の近似値を検討するために、科学の方法(観察、仮説、実験)を利用する方式。
ある一組の(空想的または独創的)変化を『既知の事実』の共通の背景に導入すること。
作中人物の反応や知覚が、その創作物あるいは作中人物、あるいはその両方についてのなにものか明らかにするような、そうした環境を作りだすこと、でそれをなそうとする方式。

サイエンス・フィクションのエッセンスが存在するのは、この最後の分野である。

IISFに何を求めるか

小論というかエッセイに近い短い考察がある。

1 ジャンルの拡大—消えゆく境界
(カート・ヴォネガット・ジュニアとバラードなど、SFと言う古ぼけたラベルにたいした意味を持たない)
2 イギリスSFの現況
(オールディス、ブラナー、バラード)
3 二人の先駆者
(ボルヘスとジャリ)
4 ディッシュの「人類皆殺し」
(思索家のための小説の乏しい昨今では、読むに値する作品)
5 J・G・バラード
(SFのはじめて生み出した、真の意味で自覚と制御力を持つ文学者。バラードは彼の世界の構築を進めている)
6 神話と魔法(サイエンスフィクションの内外を問わず、シリアスな思弁小説のうち、神話の検討と分析に関心を持つものはしだいに大きな部分を占め始め)
7 SEXとSF
(バーバレラ、山羊の子ジェイルズ、SFが、これまで宇宙飛行や原子力に向けてきた、あの実際的で思弁的で冷静な思考を、対人心理学と性科学の分野に向けるには、時期は十分に熟している)
8 宗教とSF
(今日の宇宙」小説は二種類のものー冒険小説と象徴的思弁とに分かれる。宇宙空間への飛行は、“拡大する意識”の象徴、成長の象徴、そしてなによりも探求の象徴なのだ。それは、神の探求だけでなく、神の意味の探求、そして、人間が神を探求する意味の探求でもある。)
9 ディック、ディッシュ、ディレーニイ
(ディックが書いているものは小説ではなく、コミックスのコンテであり“観念小説”なのだ。)
10〈鉄の山〉からの報告書
(『平和の可能性と望ましさに関する<鉄の山>からの報告書』政治・社会・経済学的SFのエッセンスを、現代SFの最大の容器の一つである、虚構の科学的“報告書”形式の中に圧縮したもの。プロットの不在など、些細なことである。)
11 ディレーニイとラファティ
(ノヴァについて、)
12 ジャンルの拘束—消えゆく境界
(70年代にはいろうとしている今日”SF”とラベルを貼られた奇妙な集魂は、逃避文学になりさがった)

ニュー・ウェーブSF
1960年代後半に世界的に広がっていた反体制運動に強く影響され、「SFは外宇宙より内宇宙をめざすべきだ」というもので、作品的には、J・G・バラードの「結晶世界」1966年やトマス・M・ディッシュ「虚像のエコー」1967、「リスの檻」1966、ブライアン・オールディス「地球の長い午後」1961といったものがある。1970年代に入りニュー・ウェーブSFは使命を終えた。文章表現の洗練に貢献し、様々な制約を打破しSF界に自由と活気をもたらした。

スペキュレイティブ・フィクション
一般に、サイエンス・フィクション、ファンタジー、ホラー、スーパーヒーローもの、ユートピア/ディストピアもの、破滅もの、仮想歴史もの、マジックリアリズムの小説群などが含まれ、関連する映画・ドラマ・演劇・イラストレーションなども含む。

2000年代になると特定のジャンルを包括的に示す便利な用語として、より広義に用いられるように変化する。

●客体化〈プロジェクション〉予想,推定.投影
客観視する。客観的に考えることができるように具体化し、頭の中で操作できる対象として新たな概念を作る。
科学の方法(観察、仮説、実験)を利用する方式。
●外挿〈エクストラポレーション〉既知の資料から未知のことを推測・予測すること。
経済成長率をもとにした国民総生産の予測、出生率、死亡率などからする人ロ規模の予測など。
外挿法。統計予測に用いらていた。過去から現在までのデータを使って、未来を演繹する手法。
未来とは限らず、ある状況を設定する。
『既知の事実』の共通の背景に導入すること。

●類推〈アナログ〉
似ている点をもとにして他の事を推し量ること。
〔論〕〔analogy〕両者の類似性に基づいて、ある特殊の事物から他の特殊の事物へと推理を及ぼすこと。結論は蓋然的である。類比。比論。類比推理。アナロジー。

●仮説とその紙上実験

環境を作りだすこと、でそれをなそうとする方式。

ここで重要なのは“科学の方法(観察、仮説、実験)を利用する”ことだろう。
そうでなければSFたりえないし、『戦争と平和』もSFに含まれることになってしまう。P88/12行

この後、サイバーパンクが興り、SF自体が新たな時代を迎えるのだが、ここはこれまでで。